楽天イーグルスの歴史を振り返る!弱小チームから日本一を経て復興のシンボルへ

楽天イーグルスの歴史が熱い!

楽天イーグルスの歴史をひも解くと、ほかの球団とは違った魅力が見えてくるんだ!

発足当時や東関東大震災時のチームの活躍、震災によって深まった絆・・・

全てが楽天イーグルスの今を形作っていると言っても過言ではないと思う。

今回は楽天イーグルスの歴史を語る上で、外せないエピソードを発足当時からのファン目線で熱く語るぜ!!

 

 

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楽天イーグルスの発足当時

楽天イーグルスが発足したのは2004年。

近鉄とオリックスの合併に端を発するプロ野球再編問題が勃発し、

プロ野球オーナー会議で楽天のみの参入が正式に承認されたところから始まる。

楽天イーグルスがどんな軌跡をたどったか見ていこう。

 

発足当時はまるで高校の野球部のようだった

楽天発足当時
ドタバタでの球団創設だったから

キャンプ時点ではまだユニフォームが用意できず、

球団のロゴももないような状態。

オーナーの「楽天」のロゴがちょこっと

胸に入っているだけの状態だ。

選手達はプロなのに、高校球児さながらのこんな真っ白なユニフォームで練習をしていたんだ。

高校で野球部の作りたてを描いたスポ魂漫画みたいな始まりだろ?(笑)

 

発足当時の2004年は苦難の1年目

26 対 0

この数字が何かわかるだろうか?

ラグビーの試合じゃないぞ!(笑)

これはロッテと楽天イーグルスの開幕戦でのスコアなんだ。

この結果には厳しい現実を突きつけられたと思った・・・。

 

シーズンも終わってみれば、38勝97敗1分。

首位には51.5ゲーム差もつけられ、チーム力のなさを露呈してしまった。

スポ魂漫画的なミラクル優勝はあるわけなかったんだ・・・。

 

田尾監督も元々数年監督をやる予定だったんが1年で解任されてしまったんだ。

最下位の結果とはいえ、戦力がないことがその一番の理由であるのは明らかだったので、

監督には同情が集まったものだよな。

 

野村監督就任と初のクライマックスシリーズ進出

1年目は散々な成績に終わったことから、とにかくチーム作りを0から行う必要があった。

そこで白羽の矢がたったのが野村監督、通称ノムさんだったんだ。

監督としての優勝経験も豊富で、選手の育成や運用に定評があった。

 

 

野村再生工場発動!

ノムさんの手腕は、野村再生工場とも言われ、旬を過ぎた選手をもう一度活躍させる術に長けていたんだ。

その最たる選手となったのが、山崎選手だったな。

山崎選手は球団初となる本塁打王と打点王のタイトルを取るまでになったんだ。

長年楽天で4番を任され、主将とチームリーダーを務めるなど、チーム内でも兄貴分的な役割だった。

当時の山崎選手はチームの顔的な存在だったね。

 

2006年こそ前年同様最下位だったが、2007年は4位、2008年は5位、とようやく戦えるチームとなっていった。

そして、2009年には怒濤の勢いで2位に躍進し初のAクラス入り!

クライマックスシリーズ進出を決めたんだ。

残念ながら敗退となってしまったが、楽天も十分戦えるほどになったんだ!と希望が見えた1年だった。

 

野村監督はメディア戦略にも長けていた

ノムさんは単に成績を引き上げたから人気だったわけではない。

「マー君、神の子、不思議な子」と田中選手について語ったように、

試合後にマスコミ対応を丁寧に行ったんだ

 

当時フジテレビでは『野村監督のぼやき劇場』

なんてコーナーを作っていたくらい、試合後のコメントが面白くて人気だった。

こうして注目を浴びることで楽天イーグルスの人気向上にも貢献していったように思う。

 

ノムさん自身の生まれは京都出身で東北人ではないし、たまに毒舌も吐いたりするものの、

どこか素朴で愛嬌あるおじいさんというキャラが東北人の感性に合っていたんじゃないかな。

ノムさんは惜しまれつつ退任し、その後はブラウン監督、星野監督と交代していくことになる。

 

楽天イーグルス自体の球団運営はどうだったか?

発足当時の球場はそもそも収容人数が少なかったんだ。

初年度の観客動員数の平均は、14,369人だった。

今から見れば少ないなと思うかもしれない。

しかし、ずっとBクラスで負けてばかりいたにしては観客動員数は

多いとも言えるし、弱いけど頑張ってほしいというファンの期待もあったということだな。

 

球団経営は大赤字だったんだろ?と思うかもしれないが、

なんとぶっちぎりの最下位だった1年目から黒字だったのだ。

 

多種多様なフードショップ、球場スクリーンで拍手を促す盛り上げ動画の導入、

混み具合によるチケット価格の変更など、1年目から球団経営がすばらしかった。

もし、球団経営がうまく行かず、赤字続きだったら今頃どうなっていたのだろうと思うとぞっとするよ。

 

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楽天イーグルスと関東大震災

2011年3月11日、東日本大震災が起きた。

楽天イーグルスは宮城県が本拠地ということもあり、

一番震災の影響を受けた球団といっても

過言ではないよな。

 

ここでは楽天イーグルスが被災地の人々と寄り添って、お互いに励まし合ってきた歴史を振り返っておきたい。

 

震災発生時の状況とその後の対応

震災発生時には、楽天イーグルスは兵庫県でオープン戦をやっていた最中だった。

すぐに被災地へ行きたいという選手たちの意向もあったが、

地震の影響で交通状況により困難であり、シーズン開幕の準備もあってそれは適わなかったんだ。

 

被災地の人々の支えになりたいとイベントを開催

プロ野球界での影響も少なからずあり、選手たちは無事だったものの、

球場が損壊してしまったので、開幕戦が延期されるほどだった。

 

そんな中でも、選手たちは名古屋や神戸などで募金活動を行っていたんだ。

福岡では、東日本大震災チャリティートークイベント「今、私たちにできること」を開催。

開幕前で野球のこともやらないといけない状況なのに、選手たちは被災地のことを最優先に考え、

被災地の人々の支えになりたいという気持ちがよく現れているエピソードだね。

 

関東大震災にまつわる伝説のイベント

2011年4月2日から3日にかけて、

東日本大震災で命を落とした人への追悼・復興へ

むけての支援を目的として、

プロ野球12球団チャリティーマッチ

(東日本大震災復興支援試合)が開催された。

 

その試合の前に、楽天イーグルスの嶋選手がスピーチした内容がスゴかったんだ!!

元々は球団が用意していたスピーチ内容があったらしいんだが、

嶋選手は「見せましょう野球の底力を!」と自分の言葉で伝えたんだよね。

これが人々の胸を打ち、名スピーチとして今でも語り継がれているんだ。

 

嶋選手のスピーチは一つ一つに丁寧で、言葉の重みを感じるんだ。

被災地の人々のことを何よりも想いながら、野球にかけている事。

そして、野球選手としてできることを精一杯やる!そんな強い覚悟を感じたんだ。

嶋選手の熱い想いを受け取った野球ファンは、自分も今できる事を精一杯やろうと勇気をもらったに違いない!

 

嶋選手の名スピーチ(7分12秒)

 

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楽天イーグルスついに念願の球団初優勝!日本一へ

被災地の人々へ優勝を届けたかったが、残念ながら2011年、2012年は優勝できなかった。

2013年、球団初のシーズン優勝、日本一へ突き進むことになる。

 

ピッチャー田中の無敗は人々の祈りが通じた

田中の成績はなんとシーズン24勝0敗という「無敗」だったのだ。

仙台での試合はおろか敵地でも一度たりとも負けはなかった。

 

ちゃんちゃん
ちゃんちゃん

まるで漫画かゲームの世界での成績みたいだよね。

 

田中選手自身、なんとか被災した人々に元気を与えようと必死だったのだろう。

被災地の人々の想いが田中選手に乗り移っていたとしか思えない。

 

人々の想いが一つとなったあの瞬間!

日本シリーズ第7戦の最終回で田中がコールされ、日本一を決めるまでのシーンは伝説となっている。

田中が9回のマウンドに上がる時には登場曲、FUNKY MONKEY BABYSの「あとひとつ」が流れた。

この曲は穏やかでいて、想いを強く伝えるのにぴったりな応援歌だ。

その時の地鳴りのようなお客さんの歌声や歓声はとても心を打たれるよな!

 

楽天イーグルスの日本一を決めた伝説の瞬間!(17分2秒)

 

ここあ
ここあ

何度見ても泣けるよね!

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楽天イーグルスの現在

ここから日本一後の楽天イーグルスについて、現状と注目すべきところについてまとめてみるよ!

 

日本一後のチーム状況とファンの増加

チーム自体は残念ながら

2013年以降は優勝から遠ざかっているし、

Aクラスも2017年の一回だけだ。

ただ必ずしも戦力が足りないというわけでは

ないと思うんだ。

 

FAは一定の成果があって、2016年には岸選手、2018年には浅村選手がきてくれた。

長く活躍してもらいたいし、ファンも温かく見守ってほしいと思うよ。

いい感じで楽天に残ってもらえれば、FAの成功例となり、今後もいい選手がFAで来やすくなるだろう。

 

外国人選手も野手ではウィーラー選手が。

投手ではハーマン選手を筆頭にいい選手がコンスタントに補強できている。

若手も茂木選手や松井選手を筆頭に目覚ましい活躍している。

 

このように選手層は整ってきたものの、まだ常勝チームにはなっていない現状がある。

2019年は早くから則本選手、岸選手が怪我で離脱し、投手運営に苦しんでいる。

こうした時に代わりの選手がすぐ出てこないあたり、まだまだ選手層が薄いということなのだろう。

 

Bクラスになることが多かったが、楽天イーグルスは地元に定着した存在となったことは間違いない。

球場に観覧車などのアトラクションをどんどん設置したり、野球ファン以外もとりこむことに成功したんだ。

 

観客動員数の増加していて、ここ数年は成績に関わらず2万数千人をコンスタントに動員していることからも、

リピーターが多く、生活の一部になっていることがわかる。

毎年のように球場が進歩しているから、ファンとしても年々球場へ行くのが楽しくなっていくんだ。

 

球団は最新技術を導入し改革を進めている

楽天イーグルスには戦略室という組織がある。

ここではデータの分析を専門的に行い、現場に活用しているんだ。

 

現代の野球は様々な科学的見地から研究されているし、

データの蓄積も膨大になる。

現場にその収集や解析を任せるのは物理的に不可能だよな。

だからデータを専門に処理する組織があることは、チームの発展には不可欠に違いない。

2014年にはトラックマンを日本のプロ野球球団で初めて導入している。

 

トラックマンとは・・・
ボールの道筋をデータ解析する機械。
ボールの位置(3次元座標)、速度、回転速度などのデータから様々な分析が可能。
打者は個々の選手ごと異なる打席の立ち位置や、スイング時の頭部位置の変化に応じて、打席から見た正確なボールの軌道を確認し、打率UPに役立つ。
投手の場合はボールの回転数を確認し、ピッチング向上に活用できる。

 

楽天自体がIT企業ということもあって、貪欲に最新技術を取り入れ組織として活用している。

こうやって球団がどんどん改革を実行していくことはファンとしてもうれしい!!

 

一方、しばしばフロントの現場への介入がマスコミやファンの間で噂となり、批判の的となることもあった。

このように楽天という球団は試行錯誤をしていることがわかるよな。

 

良かれと思ったことが結果に繋がらなかったり、失敗することもあるが、

弱小球団が強い球団へ変貌を遂げる上では必要な過程なんじゃないか?

 

2018年には石井GMの就任

2018年には石井GMが就任した。

石井GMはメジャー出身ということもあり、海外に太いパイプを持っている。

 

また、国内においてもヤクルト、西武を渡り歩き、楽天以外の球団に人脈がある。

2019年は伊藤投手コーチを代表に元ヤクルト出身のコーチが何人か誕生したね。

 

こうやって外部の優秀な人材を積極的に採用するところも楽天のいいところだと思う。

ヤクルトは野村監督時代、とても強いチームだった。

優勝を何回も経験しているから優勝争いが毎年できるような戦力作りを期待したい。

 

石井GMも「ハプニング的な優勝はいらない」と言っているし、

長期的な計画で着実にチーム力を上げてもらいたいよな。

上述したようにフロントの介入がしばしば問題となっていたから、

石井GMには現場とフロントの調整役としても期待したい。

 

球団創設まもない弱小球団だからこそ、いろんなことを挑戦していってるのだろうし、

そこにファンとしても球団の成長が楽しみとなる一面があるのだ。

 

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楽天イーグルス 今後の期待は復興のシンボル的存在感

これからも楽天イーグルスがより強く、魅力的なチームへとなるためにはどうするか。

ファン目線で期待したいことをまとめてみよう!

 

選手層を厚くしてはどうか

今現在、選手の育成に成功している強いチームというとソフトバンク、広島カープが思い浮かぶだろう。

ソフトバンクは3軍まで存在するし、

広島カープは長年かけて育成を行ってきたノウハウや海外アカデミーもある。

両チームは育成に成功しているが故に毎年のようにいい若手が活躍するし、

主力が怪我で離脱しても、代わりが活躍するほど選手層が厚い。

 

楽天イーグルスは毎年、怪我で離脱する選手がいたり、シーズン後半に失速しがちなだから、

「選手育成」については見習うべきじゃないかな?

予算のこともあるから容易ではないのは承知の上だけど、

できればソフトバンクのように3軍まで設置できると嬉しい。(笑)

 

地元のスターを育成すつべし!!

楽天イーグルスのレギュラーは東北出身で固めるべきと言っているわけではないが、

現在の楽天イーグルスには東北出身で活躍しているレギュラーは決して多いとは言えない。

 

東北人は地元愛が強いと言われている中、地元出身のスターがもっと活躍してくれれば、

楽天イーグルスがより魅力的なチームになるはずだ。

 

甲子園出場がなかったり、華々しい実績が大してなくでも、育成上がりの選手ならば

ファンの共感も生みやすいものとなるに違いない。

 

どん底から這い上がってくる姿は被災地の人々にも元気を与えると思う。

そうした育成上がりの成功例があれば、楽天のチーム全体に競争意識が生まれ、

ますます活性化していくはずだ。

 

完全な復興への願いと球場への期待

東北にはまだ仮設住宅で暮らしている人がいる。復興はまだまだ終わっていないんだ!

だから楽天イーグルスには「復興のシンボル」として、

これからも被災地の人々に寄り添っていってほしい。

 

  • 球場のフードコートや球場周辺では「被災地の名産」を積極的に取り入れていく
  • 東北各県での「地方開催を試合」を増やす

 

こんな事ができたら、ファンとしては東北全体が盛り上がると期待をしているぞ!!

 

球場内や周辺はいつもなんらかのイベントや催し物で賑わってほしいし、

1年中お祭りのような雰囲気であれば、「元気をもらいに球場に行こう!!」と、どんな人にも喜ばれるよな!

 

球場はすでにテーマパークのようになっているから、まだまだポテンシャルを秘めている。

これからも楽天イーグルスがどうなっていくのかすごく楽しみだ。

 

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まとめ~っ

楽天イーグルスは常に東北の人たちとお互いに励まし合い、成長してきた球団であり、大家族の一員なんだ!

近年は球団の改革や戦力の増強も積極的に行っていて、まだ進化の過程だ。

今後より一層魅力的な球団になることは間違いない!

楽天ファンの人も、そうでない人も球場へ足を運んで球場を楽しんで、共にイーグルスを応援していこう!!